【 三国志の読み方 】
  • 今回は三国志の記述の信憑性について書いていきたいと思います。三国志を読んで行くと,『これ,本当の話なの??』という記述が結構あります。例えば孫策の死亡に関連する記事です。于吉が呪い殺したという説もあれば,許貢の息子の刺客によって殺されたとか・・・。一体どれが本当なんだ^^;。と言う事になります。
  • これは本文を書いた陳寿の姿勢と,注を書いた裴松之の姿勢が絡んでこのようになっているのです。まず陳寿ですが,彼の記述は大変簡略です。その理由は詳しくは分かりませんが,陳寿が生きた時代があまりにも三国時代に近すぎて,書くとやばい事も多かった事,それに三国の中で蜀は自国の歴史官がおらず,蜀の記述があまりに少ないので,全体のバランスのため魏書と呉書を簡略化した・・・などの点があるようです。しかし記述は少ないのですが,陳寿の生きた時代は三国時代に大変近く,その記述には信憑性が高い・・・と見てよいと思います。
  • 次に裴松之です。裴松之は『陳寿の正史三国志は良書だけど,あまりにも簡単すぎるから,君が注をつけなさい。』という勅命を受けて,正史三国志に注をつけました。書物に注をつけるという作業は中国では,メジャーな行為らしく,かの曹操も孫子に注をつけたりしています。だいたいの場合,注をつけた人間の思想や考えに沿って,参考にする書物が決められて注が書かれます。
  • 裴松之が優れていたのは,三国時代に関連する書物を片っ端から調べて,それを『この本には,こう書かれているよ。あの本にはこう書かれているよ。』と,異なった記述を並列で並べて,しかもその出典まで明らかにしてある点でしょう。この書き方は,信憑性という意味で大変,後の史学者にはありがたい書き方だったのです。また,三国志を元にした小説を作った羅漢中にとっても,より面白い説を正史から拾うことができるという訳で,創作をする立場の人間にとっても,想像力を働かせることが出来る書き方だったとも言えます。ですから,出典によっては信憑性が低いと考えられる記述,逆に信憑性が高いと考えられる記述があるわけです。
    • (注)裴松之注に対する孫ぽこ注w。裴松之が様々な文献を列挙したことにより、三国志という史書の面白みは倍増している。裴松之注がなければ、三国志の考察サイトなんて存在しなかったかもしれない。だが、孫ぽこ的には、裴松之注が妙に鼻につく時がある。どういうことかというと「思い込みが激しく感情的」なのである。
      例えば、裴松之注では諸葛亮・姜維・審配は徹底的にアゲ。陸遜・陸抗はサゲ。賈詡はボロクソ。どうも国家のために忠義を尽くした(と裴松之が思っている)人物はどんな記述でもプラス方向に捉え、陣営を途中で変えたような人物は基本的に評価しないようである。陸遜・陸抗は別に陣営を変えたわけでもないし、国家のために戦った人物と言えそうな気がするが、陸家となんかあったのか?と勘繰りたくなる。また、書物に対する評価もアゲ・サゲがはっきりしていて、「例の信用ならない書物」といえば「江表伝」といった具合であるw。まあ、それでもボロクソに言いながらも、掲載はしているわけで、そういうところは律儀であるw
      結果、裴松之注の人物評が、後の演義の人物像に多大な影響を与えている。ペンは剣より強しといったところか。
  • 呉関係の注の出典には,『呉歴』『呉録』『江表伝』などが,よく出典として出てきます。所がこれらは,呉の出身者によって呉を持ち上げるために書かれた本で,信憑性という意味では,イマイチなのです。これが呉書を読むときに,やっかいになってきます。例えば,『魏略(おなじく,魏サイドに立った出典ですね。)』と『呉歴』の記述が違っていて,しかも裴松之もどっちの方が信憑性があるという注をつけていない場合,どっちの説を採るかは読む人次第になってしまうのです。
  • まあはっきり言うと,正史の読み方もたくさんあるという事ですね^^;。