【 袁術の末路 】
  • さて,話は少し反れて袁術の話になります。丹陽郡で孫策と軍事衝突をした袁術ですが,正面切って孫策と争うことはできず,孫策と袁術は表面上は和解したかのような状態になっていました。しかし,ついに袁術はやっちゃいます。そうです。『俺は皇帝だー。文句あっかぁ!!』と,自称皇帝を名乗るのです。袁術はそれより前から,自分で勝手に太守や州の刺史を任命するなど,反逆行為は取っていたのですが,それだけなら漢王朝に巣食う反逆の徒,曹操を倒すためという大義名分はありました。が・・・皇帝を名乗るとなると全く話は異なります。また当時,袁術に勢いがあったなら別ですが,袁術は曹操・袁紹に破れ揚州に逃げ,江東は孫策に切り取られ,徐州を奪おうとする計画は,呂布が理解不可能な停戦の斡旋をやっちゃったために,なんだかよく分からないうちに頓挫と,やる事成す事全て裏目という状態です。我こそは名門袁家の正当な当主という自負と現実の狭間で,現実逃避に走ったのでしょうか?どちらにしても,孫策にとっては,またとない袁術と絶交する機会がやってきます。
    • (注)前述の注と同じ。この辺、時系列が違います。まず、「袁術の皇帝僭称」が先です(197年春頃)。それがあってから、「袁術の陳国での敗退」、「孫策による丹陽太守・袁胤追放」があります(おそらく197年夏頃)。
  • さらに話は反れて^^;,曹操の話になります。曹操は献帝を擁する事には成功したものの,中原のど真ん中に位置しているため,この時期,結構苦しい立場でした。北では袁紹が着々と勢力を広めてましたし,徐州には,意味不明だがやけに強い呂布がいます。劉備はなぜか自分の下に来てますが,元々怪しげな人物である上に,この頃は車騎将軍の董承とつるんで何か企んでいるようで,さらに怪しさが増してます。さらには張繍と賈詡に手痛い敗北を喫しており,これ以上敵は作りたくないというのが本音でした。そこにあれよあれよという間に孫堅の息子が江東を制覇してしまいます。『こんな奴と喧嘩はできん。』という訳で,とりあえず孫策は手なずけておくに限るという結論に達します。
  • さて,やっと孫策の話に戻ります^^;。孫策はここで袁術と手を切って,曹操側に付く事になります。袁術と手を切るのは当然として,曹操と結ぶメリットは何でしょうか?孫策はずっと反逆側の袁術について行動していたので,正式な漢の官史ではありませんでした。あったのは懐義校尉というずいぶんと下っ端な軍の位だけです。要するに孫策も漢王朝への反逆勢力だったのです。そういう意味では,孫策が江東を制覇しても,極論では祖朗・厳白虎といった反乱勢力となんら変わりはなかったわけです。せめて孫策には正式な将軍職としかるべき地位が必要でした。いや,必要ではなかったかも知れませんが,江東の基盤を固めるには正式な官職はあったほうがなにかと便利だったのです。その方が江東に逃れてきている清流派の人材を登用しやすかったし,治安の向上にも有効でした。曹操があくまで,献帝擁立を目指したのもそういったメリットを重視したからでした。
  • 孫策は袁術を非難する手紙を送り,完全に絶交します。それと前後して,曹操は自分の弟の娘と孫策の弟の孫匡(そんきょう)を結婚させ,また孫策からは孫賁の娘を曹章(そうしょう)に嫁がせます。さらに弟の孫権・孫翊(そんよく)にも位を授けます。さらに曹操からの官位攻撃は続きます^^;。
    『あーたの父孫堅は立派だったし,その息子の孫策もよくがんばってるから(そんなこと思ってねーだろっ^^;),騎都尉・鳥程侯・会稽太守の位をあげる。その代わりと言っちゃなんだけど,逆賊・袁術を討ってね。』
    それに対する孫策の返事も白々しい^^;。
    『私が袁術から貰った官位が偽物だったなんて,全然気がつかなかったっすよー。(嘘つけー^^;)自分が逆賊に加担していたなんて信じられないっす。涙が出てきます。それにがんばってるって言っても,霍去病(かくきょへい)が18歳で功を立てたのに比べると,私はもう24歳だし,大した事ないっすよ。(曹操への嫌味か?)袁術はとんでもない逆賊だから,がんばって倒します。あっでもできれば騎都尉じゃなくて,将軍の方がいいなー。』
  • 外交の文というのは,こういうものなんだろうか^^;?孫策はその後も粘って,お土産を送ったり,張紘を許都に行かせたりして,最終的には討逆将軍・呉侯の位を授かります。曹操は曹操で,使者としてやって来た張紘を手元に置いて,離そうとしません。この辺,取れるものはできるだけ取ったれという両者のがめつさが如実に出ていて面白いですね^^;。さすがは両英傑^^;。がめつさでは右に出る者はいないと思われた袁術も真っ青です。曹操と孫策の協調路線はあくまで自分の都合の上の出来事でした。戦略的な価値は0に等しく,この関係はいつ崩れてもおかしくはありません。
  • かわいそうなのは袁術です。袁術は曹操・呂布・孫策らに袋叩きに会い,『袁術ともあろう者が,なんでざまだぁ!!』と喚いて,血を吐いて死んでしまいます。一時は袁紹と共に,天下を二分して争った袁術の哀れな末路でした。